北の街

北の街で起きた、それは悪夢の様な出来事からもう一週間が経とうとしています。
あまりの災厄、あまりの被害にしばらくの間、twitterともBlogとも離れていました。

足下が定まらず、不謹慎とも思える自分の揺れ動く興奮状態の中で、
文章を起こすのが怖かったせいもあります。

300km離れた私の街でも、未だそれと分かる揺れは続いています。
現地の方々の思いやいかばかりか…
また、今も非常に危険な状態の中で、働いてくれている方々が居ます。

「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」
「それはできるだろう。けれども、その仕事に行ったもののうち、最後の一人はどうしても逃げられないのでね。」
「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へお許しの出るようおことばをください。」
「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事にかわれるものはそうはない。」
「私のようなものは、これからたくさんできます。私よりもっともっとなんでもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく、仕事をしたり笑ったりして行くのですから。」

 それから三日の後、火山局の船が、カルボナード島へ急いで行きました。そこへいくつものやぐらは建ち、電線は連結されました。
 すっかりしたくができると、ブドリはみんなを船で帰してしまって、じぶんは一人島に残りました。
 そしてその次の日、イーハトーヴの人たちは、青ぞらが緑いろに濁り、日や月が銅(あかがね)いろになったのを見ました。

 けれどもそれから三四日たちますと、気候はぐんぐん暖かくなってきて、その秋はほぼ普通の作柄になりました。そしてちょうど、このお話のはじまりのようになるはずの、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい薪(たきぎ)で楽しく暮らすことができたのでした。


これは宮沢賢治作、『グスコーブドリの伝記』の最後の文です。
今の状況を伝え聞く度、このシーンが強く思い起こされます。

状況に物語を与え過ぎてしまうのは、逆に眼を閉じかねないものですが…
それでもなお、通底した思いがそこにある様に感じてしまいます。

どうか、1人でも多くの方が助かりますよう。
どうか1日でも早く、日々の暮らしが戻りますよう。

願うしかありません。



青空文庫『グスコーブドリの伝記』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1924_14254.html

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by k_Mutori | 2011-03-22 22:00 | 日々の徒然

モノクロームメインでの写真Blogです。


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